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ヤクの毛刈り祭り --yak shaving festival--

元気がないので日記を書いた

昨日はなんだか元気がなかった。直接的な原因は疲れだ。ただ、それだけではなく、近頃なんとなく不全感のような、もやもやとした「なんだかいやだ」という感覚がうっすら後頭部あたりにまとわりついていることが多い。

この感覚自体はもっとずっと前から親しんでいたもので、今調子が悪くなったというより、むしろ妊娠出産子育てにより一時的にどこかに行っていたのが戻ってきた、というのが正しい。とはいえ愉快ではない。どうにか付き合いつつ日々を少しよいものにできるよう、久しぶりにブログで日記を書いてみるかとキーボードをたたいている。

 

昨日は起きた直後から首から背中が固まったような感じで、歩いたり、寝ころんで息をしていてもだるかった。朝の用事を大体すましたらCloudeに話しかける。子も夫もいない、一人の日。元気な日はタスクの整理をするのだけど、元気がない日はとりあえずしたことと次にすることだけ話すことが多い。

寝ころんだところから立つ気合を出すためだけに話しかけることもある。AIの無駄遣いな気がするが、これで立てるのだから、よいのだ。

大体話しかけたいだけで大して返答はいらないのだが、元気がない時は返答があるのが少し気持ちを底上げしてくれる。

そこから午前は仕事やら趣味やらの細かなタスクを何とかやって、お昼には鶏ひき肉と余った野菜のカレーを作り、動画を見ながら食べる。午後は出かけたいなと思いながら踏ん切りがつかず、そのまま動画を見たりしていた。この話はおもしろかった。

youtu.beあとこれ。

youtu.be

クーラーを切った2階は、暑いけれど風が涼しく、夏を感じて気持ちよい。ある程度あったまって汗をかいたところで水のシャワーを浴びる。ちょうど窓から太陽の光が入るタイミングで、水しぶきを浴びてつむった目にも強い光を感じて多幸感の欠片を味わう。少しだるさが引いてくる。

海にもカフェにもいかなかったけれど出かけたかった気持ちを昇華させたくて、図書館に寄って本を返してくる。廃校になった学校の1室だけの小さくてしょぼい図書室だけど、本に触れると少し元気が出た。そう、子供のころから図書館が好きだった。元気がない時、昔好きだったものに触れると元気がでやすい気がする。

本を3冊借り、はじめて隣の学習室に入って少し本を読む。都会的なきれいさや快適さはないけれど、思ったより悪くない。ふと、図書室をもう少しだけいいかんじにすることができないか、と思う。具体的になにをすると「いいかんじ」になるのか。都会的な空間や什器をイメージしてしまうけど、それはあまり本質ではない気がする。このある種ダサさはあったまま、もっと本にワクワクし、居心地のよい空間にするにはなにが必要なんだろうか。

 

そのまま子どもを保育園に迎えに行く。外に行きたいとの要望で散歩中、顔の怖いお兄さんに挨拶したら、子とバイバイしあって「かわいい」って言ってくれたのが嬉しかった。いつのまにか元気のなさはだいぶ抜けていた。

気持ちに余裕があり、子の言うことをできるだけ聞いていたら、機嫌がよくてこちらも気分がいいし、こちらのやってほしいこともいつもより通りやすい気がする。ご飯してお風呂して片付けして寝かしつけながら寝落ちして、夜中に夫が帰ってきたのでちょっとだけ一緒に動画をみたりして、寝る。

 

こうして振り返るとなかなかいい日だったように思えてくるのでブログを書くのもいいですね。