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ヤクの毛刈り祭り --yak shaving festival--

だんだん元気になる 佐藤雅彦展に行った

前回元気がないと書いてから、ちょっと元気になったり体調を崩したりもうだめだになったりマシになったり波をゆらゆらと漂いながら、全体としては低調な日々を送っている。*1

 

目の前のタスクをできるだけ機械的にこなしたり、フィクションの世界に浸ることでなんとかやりすごしていたのだが、元気ない期間も長くなってきたし、やりすごすだけではなくもっと根本的にどうにかしないとジリ貧だろという声が頭の中でぐるぐるしている。できるだけ元気な時間の割合を増やしたいしその為に元気をなくしている要因を取り除いていきたいなと思い、お試し策を作ってみるものの、動けなかったり続かなかったりであまり改善はしていない。

 

ちょっとまぁなんだろう、しばらくゆっくり過ごしたり意図的に遊ぼうと思っている。ここにもそういった日々のこと、元気がない日々の中でもちょっと良かったこととかできたこととかを書ければいいな。

 

友人と佐藤雅彦展に行った。

横浜美術館の展示。佐藤雅彦展に入る前に常設展を見たのだけど、それが意外によかった。美術館、日常を離れて、旅行のような気持ちというか、普段の世界とは違う世界を感じられて良い。美術作品自体もだし、美術館という空間がそうさせてくれるところが大きい。特に今回は家族を連れず1人で行ったので、子を産む前の自分の感性をふと思い出す感覚があり、それは少し私を元気づけてくれた。

 

目的の佐藤雅彦展はなにしろ混んでいた。とても丁寧な作りで、流石「わからせる」ことをやってきた人の展示だなぁと思わせられる。どうやってその表現方法にたどり着いたのか、なぜそのコンテンツをやるようになったのかが非常にわかりやすく説明されていた。図録がほとんど本だったのだが、その本なり講義なりを展示の形にしたような印象。普通は展示が図録になるんじゃないかと思うのだが、これはもしかしたら図録が先に作られたのかもしれない(ただし図録はパラパラめくっただけで読んでないので的外れかもしれない)。

 

ただ、展示内容には感心しつつあまり心を動かされず、「おもしろい」に対して自分が今鈍くなっているのを感じた。あまりにも影響を及ぼしすぎてその表現技法がその時には新しかったのが既に陳腐になっているから、というのも大きいとは思うが。それにしても、かつてはそういったおもしろさが好きだったのに、今となっては「そうだね、おもしろいね、それで?」とささやく人間が頭の中にいて、なにかを失ってしまったような気がする。

 

ともあれ行ってよかった。アレンジしてくれた友人に感謝である。意識して遊ぶことで意欲を吸収したい。遊ぶぞ。

 

*1:こう書くと心配する人がいるかもしれないが特に深刻な事態はなく、気分が晴れないというだけ、大人なんて多くの人はこんなもんだろ、書かないと頭にたまるので書いているが、心配しないで大丈夫、ちょっと心配という人は声をかけてくれたらそれはそれで嬉しい。