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ヤクの毛刈り祭り --yak shaving festival--

セリグマンの犬の束の間の夢

8月にカナダに休暇に行ってきて、一週間ほど山に囲まれたりなんだか大分適当なカナダ人と触れ合ったりしているうちにしばらくなかったほど元気になって、なんだかなんでもやればいいじゃないか人生あと60年とかあるし、そこまでだったら結構なんでも出来るんじゃないか、とかいうとても前向きな気分になっていたわけだけど、9月も終わりの今はその頃の面影など無く、自分に対しての失望感でいっぱいのセリグマンの犬に戻っている。あの元気は檻の中でうたた寝をしている間に見た犬の夢みたいなもので、目が覚めたら扉の開いた檻の中で餌を食っている犬に逆戻り。

最近じゃぁ凄いなっていう人を見ると瞬間的に「じぶんにはむりだ」と思って落ち込む自分は自分のことばかり考えていて嫌になる。そのくせ恋人にはどんどん依存し、少しでも甘やかしてくれそうな人間がいたらそっちによっていく。全くクソッタレだ。

 

ああくそぅいやだぁなぁどうすればいいんだ。もうだめだ。

 

そういえこの前「もうだめだ」という気分になった時に、全力で(全力でだ)手足をじたばたさせたら、なんだか無性に楽しくなって笑いがこらえきれなくなって、そんなことをやっていたら恋人に笑われて、二人で笑ってそれで気分が晴れた。それを思い出して今一人ベッドの上で全力で手足をバタバタさせたのだけれども、楽しくはならなくて、むしろ少し泣きたい気分になった。

 

しかしまぁそんなことを言っていても仕方ないし、今日は行かなかったけれども明日は流石に仕事行かないといけないし、明日は一日だけちょっと仕事がんばって、鍵を探して、できれば家に帰って、クジラの背骨を作るセットを準備して、それができなかったら家でそうだな、船の絵の続きを描いてしまおう。

 

うん、まぁともかく檻の中だろうと外だろうと犬だろうと猫だろうとヒトだろうと生きているし、息をしていかないといけないのだ。