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セリグマンの犬の脱出―escape of Seligman's DOG―

鳥取旅行と100%の瞬間


実家で父親の本をロフトベッドの豆電球で夜な夜な読んでいた頃。読んでワンシーンだけ覚えている小説がある。ストーリーは忘れた。うまく生きられない少年か大人の話だったような気がする。とにかくタイトルも覚えていないその小説の中で、砂漠で火を囲みながら「人生の完璧な瞬間」について数人で話す場面がある。それぞれがどんな瞬間をあげたのかは覚えていない。父親と森の中の湖で釣りをした時だったかもしれないし、気に入らない先生の顔にケーキをぶつけた瞬間だったかもしれないし、初めてのガールフレンドと手を繋いだ時だったかもしれない。ともかくそういう話を共有して、仲間だと認められなかった人間を仲間に迎えるみたいなシーンだったと思う。その話が印象に残っていて、そこから私も自分の100%の瞬間を収集しながら生きている。 

 

やっと本題だ。

 

鳥取砂丘に行ってきた。前から一度行きたくて、今年のやりたいことリストにいれていたのを、もう1年も終わるかという空気に尻を押されて(これは慣用句を間違えているわけではない)、やっとこさ重い腰をあげた。

 
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大阪からバスで3時間。

高架道路から見えるビル群が青空に照らされて輝いて見える。冬の、透明度が高い晴れ。

 

前日の夜ふとんの中で読み始めた宝石の国が思った以上によい作品で、寝たのが4時頃だったせいで眠たくなり、いつの間にか寝てしまっていた。起きると山の中で、チラホラと雪が積もっている。そして、目的地に近づくにつれどんどん地面は白く、空中に舞う雪はどんどん大きくなっていった。鳥取駅につく頃には完全に曇天の雪景色。鳥取は雪は降るし砂丘も雪景色になる、という情報は事前に得ていたのだけれど、こんなにしっかり雪が積もるものだと思っていなかったので驚いた。そして少し残念な気持になった。写真で見た、雪の降り積もった砂丘はありふれたゲレンデの風景と同じように見え、わざわざ見るほどのものとは思えなかったからだ。晴れと予報していた週間天気予報に文句を言いたい。まぁでも今回の目的は鳥取砂丘に行くこと自体だ、砂が見たければまた夏にでも行けばいい、そう考え直してバスから降りた。


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鳥取は海産物が美味しいらしい、でもこの雪の中外に出るのも億劫だ、と駅に隣接する海鮮居酒屋でランチを食べる。正直全然美味しそうでなかったので期待していなかったのだが、美味しかった。特に醤油。刺し身醤油が鳥取のものだったのだが、濃ゆくて少し甘くて。ご飯を食べるとなんだか楽しくなってきた。


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食べ終わったら砂丘行きのバスに乗る。ごはん屋さんの隣の席でおっちゃんがビールを飲んでてうらやましかったので、コンビニで酒を買って、バスでもちびちび飲みながらゆく。


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雪がまた強くなっていって、もうなんだか逆に楽しくなってきてしまう。

 
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砂丘の入り口に着く。階段を登る。

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 白い、だけだ。10メートル先は見えないし、何もない。同じく見に来たカップルも踵を返している。でもこのままかえるのはもったいなさ過ぎて、風よけにもならないトンネル状の構造物の中を通る。視界が変わる。

 

後頭部に吹き付ける風によって、視界の雪は絶えず遠ざかっていく。白い視界にうっすらと見える空と丘の境目。砂漠であればオアシスと呼ばれるだろう紺色の影。もくもくと1人雪の中を歩く点のような人影。雪に埋もれたラクダ乗り場の台。

 
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ひどく小説的な風景だった。もっとこの光景を見ていたかったので、ラクダの影も形もないラクダ乗り場に登り、酒を飲み、意味もなく泣きそうだと思いながらじっと立っていた。寒さはあまり感じなかった。

 

雪原の端では3人の若者がはしゃぎ、あとから来た一人旅らしき大学生は雪の中を跳ね、転び、また跳ねていた。そこに存在するのはそれだけで、他には何もなかった。



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少しすると、さっき消えた小さな人影がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。ああそうか、あの空と雪原の境目は砂丘で馬の背と呼ばれる丘の稜線で、彼はそこまで歩いてきたのだと分かった。

 

行ってみよう。普段ならおそらく踏み出さない1歩を踏み出したのはなぜなのかよくわからない。自分にとって現実感のない風景に冒険心がわいたのか。

 

一歩踏み出すたびにスニーカーは積もった雪にうもれ濡れていく。たかが丘とはいえ、吹雪がひどくなれば帰り道がわからなくなり死ぬかもしれない。そんなことも頭をよぎった。

 

 ただ、丘の稜線、空と雪の境目の、その先の景色を見てみたかった。いつの間にか雪は小ぶりになり景色がはっきりと見える。視界の先には誰もいない。ただきれいだった。それだけを思いながら足を動かす。


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登りきると、その向こうに広がっていたのは海だった。私の知っているどの海の色とも違う海。昔の映画か、Instagramのフイルターでもかけたような、セピアがかった緑色に見える。海の面には波が、白い網が次々に広がってはまた広がり、一瞬も止まることなく海の力を誇っている。下からは見えない位置に先客がおり、ビニール傘をさしながら海を見ていた。

 

 

これはおそらく100%の瞬間だ、と思った。

 

 

 

 

丘を降りてお土産屋的なところに入れば笑っちゃうくらい頭も足もぐちゃぐちゃで、甘酒を飲んでバスに乗り砂丘から去った。予定では美術館に寄るつもりだったが、体験の上書きをしたくなくて、行かずに降りた。駅前の名物的な珈琲屋で仕事をして、大阪に戻った。


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おそらくまたいつか鳥取砂丘に行き、ラクダの似合う砂の光景を見るだろう。ただ私は雪の砂丘を、もう二度と訪れないだろう完璧な瞬間の1つとして、忘れずに持ち続けるだろう。



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