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セリグマンの犬の脱出―escape of Seligman's DOG―

祖母が亡くなった

くだらないこと

祖母が亡くなった。母方の祖母で、家が通っていた高校の近くにあったこともあり、わりとよく行き来していた。一緒に住んではいなかったけれど、家族だと感じていた人だった。

通夜も告別式も済んで、いろいろ終わってからは普段通りに会社に行って、もうなんだかすっかり落ち着いたタイミングで今、家で1人でビールなんかを飲んでいたら、祖母の葬式のこととかを思い出したので、特に脈絡もなくこれといって思っていることもないのだけれども、なんとなく祖母について書きたいと思った。まあ酔っぱらいというのはそういったものだね。

祖母について、…まあ普段通りおばあちゃんと呼ぼう。おばあちゃんはあんまり自分の話をしなかった。だいたいあれを食べるかこれは食べるか、学校はどうだ、みたいなことを言っていて、まあつまり孫である自分について話していて、あまりおばあちゃん自身の話をしていた覚えがない。忘れているのかもしれないし聞いていなかったのかもしれないが(私はよく人の話を聞いていないと言われるし、自分でもわりとそうだと思う)。ともかく、そんなかんじのおばあちゃんが珍しく自分について話していたのが「私は二番目に好きな人と結婚した」という話だ。覚えているから何回か聞いたんだろう。いつだったかは一番好きだった人の写真なるものを見せてもらったような気がする。戦争に行ってしんじゃったんだか行方不明だったそうだ。で、熱心にアプローチしてきて悪くはないなって人と結婚したそうだ(どうもおばあちゃんはモテたらしい。何となくわかる気がする。目が大きい顔をしていて明るくはっきりとものを言う。私は「隔世遺伝だねー」と周りに言われるくらいこのおばあちゃんに似ている(らしい)のだが、あまりモテた覚えはない。なんでだろうか。残念なことだ。)。この結婚した人というのが私のおじいちゃんだ。2人の(おばあちゃんおじいちゃんの)仲が悪いタームだとおばあちゃんはこの話をわざとおじいちゃんに聞こえるようにする。仲が良いタームだと、おじいちゃんがいなくなったときにこっそりとする。まあどちらにせよ、高校生の私は、よくウン十年もすぎてもそういう思い出を抱えてられるものだなあと感心したり、なんだかんだいってじいちゃんのことが一番好きなのをなんか認めたくないんじゃないんだろうかとか思ったりしたものだ。

実際のところおばあちゃんがどんな気持ちでいたのかなんて全然わからないのだが、すくなくとも身体の調子が悪くなって動くのが大変になったおばあちゃんの身の回りのことをしていたのはおじいちゃんだし、最後に看取ったのもおじいちゃんだ。2人とも元気なころ、おばあちゃんは何でもやる人だったので(鶏とかもしめていたらしい)、おじいちゃんは家事なんか全然しなかった。でも、ここ数年はご飯を作ったり洗濯をしたり、おばあちゃんに「ちがう。もうなんにもわかってないんだから。」みたいなことを言われつつもやっていたのはおじいちゃんだった。おばあちゃんが食べるからとジェラートを毎日のように買いに行き、お店の人に覚えられ、孫が行けばお店の人に孫を紹介するくらいに常連になっていたのもおじいちゃんだ。自力で歩くことができなくなったおばあちゃんは布団たたきをバンバンと叩いておじいちゃんを呼んでいたのだけれども、痴ほうが入ってからは本当に5分10分ごとに布団たたきのバンバンと言う音が鳴り、そのたびに文句を言いつつもおじいちゃんはおばあちゃんのところに行っていた。2番目に好きな人だろうが10番目に好きな人だろうが、そういう関係を作れて人生をおくれれば十分だろうと思う。

なんかいい話みたいになってしまったな。そんなことを書こうと思った訳じゃないのだが。

まあおばあちゃんも入院してからはそろそろ死んでもいいかなって思っていたような気がするし、最後の方は何を言ってたのかわからなかったのは心残りではあるんだけれども、孫やらなんやらも来れたし、葬式には近所の人たちがわらわらくるし、まあ悪くない感じだったんじゃないんですか、どうですか?って火葬場の煙突から出る煙に話しかけようとしたけど、今の火葬場煙がでないらしい。煙突がなかった。