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セリグマンの犬の脱出―escape of Seligman's DOG―

意識を失う

くだらないこと 日記

通勤電車の中で気持ち悪くなって、途中下車をしたとたんに気を失った。

駅員さんに体を起こされ、車椅子に乗せられて駅事務室で休ませてもらった。

 

別に今は元気だし、気を失うなんて世間ではわりと良くあることだし(18世紀くらいの貴族階級の女性なんて失神することが「女性らしさ」のステイタスだったらしい)、騒ぎ立てるようなことではない。

 

念のため医者にいったが「異常なし」(倒れたときに首ひねったみたいで痛いけど)だったし、体調が悪かったところに前日飲みすぎたのが祟ったんだろう。断っておくが、仕事が厳しくて過労で倒れたとかではない。職場環境は恵まれていて、ストレスも少ないし、だいたい18時には帰っている。

 

でも、自分にとってはショッキングだった。

自分がこれから働いていくってそんな当たり前にできることじゃないのかもしれないと思ったし、働くことを含めて生活を変えることを真剣に考えなければと思った。

 

そしてそもそもの自分という存在の不確かさを感じて、すこし怖くて、すこし気が楽になった。これまでわりと確かに感じていた「自分」という意識は、肉体的に意識を失うことで簡単に(一時的にしろ)失われるし、同じように、肉体的な何らかの要因で簡単にぜんぜん違うものになってしまうかもしれない(脳の一部を損傷したら性格が変わるというのは有名な話だ)。そんなことを、実感として感じた。それは恐ろしいし不安なことだけども、そんなものなんだと思えることは、一方で気を楽にしてくれる。そんなたいそうなものではないのだ、自分という意識は。

 

追記

なんてことを考えているあいだに首がだんだん痛くなってきてシップを貼って過ごしていたら、エスカレータでこけてあんまり歩きたくないぐらいの打撲+切り傷。ついてないな。